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マイジャーナル / 2005年1月〜3月
Awarded Swing Journal Jazz Disc Awards!
みなさんお元気ですか。

Swing Jornal Jazz Disc Award Trophy スイング・ジャーナル社のジャズディスク賞授賞式が1月14日、東京プリンスホテルにて催されました。式はとても盛大で、ニュースに富んだものでした。私の最新アルバム「ノン・ストップ・トゥ・ブラジル」がスイングジャーナル主催 第38回(2004年度)ジャズ・ディスク大賞 ボーカル賞(国内部門)を受賞したことは、長い音楽キャリアの中でも輝かしい出来事であり、感謝の気持ちで一杯になりました。この名誉ある賞を日本在住の外国人アーティストとし私が初めて受賞するということは、喜びであり、また誇りでもあります。その日は大勢のシンガー、ミュージシャン、プロデューサー、ディレクターなどが一同に集まりました。私も多くの顔なじみの友人たちや参加者たちととても楽しいときを過ごしました。こうしたイベントは業界の交流の場としても大変意義深いので、こうして集まる機会をもっと増やすべきではないかと感じました。

2月の初旬にはフィリピンに飛びました。 A Christmas Gift のコンサートの収益金を寄付先に届けるためです。いつもながら母国に戻るのは良い気分です。しかも音楽を通じて「支援」という形で繋がりを保ち、お返しができるようになった自分を誇らしく思います。時の流れは私を世界の様々な所へ運んでくれますが、母国には常に特別な愛情を持っているからです。

リトル・エンジェルズ孤児院はタガイタイ湖の畔に建っています。町から車で2時間ほどなので、少々時間はかかりましたが大いに報われる旅でした。この施設は20〜30人の捨てられたり孤児となった乳幼児や児童を、一般家庭のような環境の中で、ごく普通の家族の生活に近い形で暮らせるように配慮されています。充分にトレーニングされたスタッフや社会福祉メンバーが、子供たちを自分の子として育てる意思のある両親が見つかるまで、24時間世話をしています。今回子供たちに再び会えるのはとても嬉しいことでした。みんな、なんと成長した事か。そのうちの13名の児童に対して、奨学金という形で寄付を行ってきました。

次の訪問先はガワッド・カリンガのプロジェクト用地です。貧困に喘ぐ人々へ援助を差し伸べるこのプロジェクトに、我々はある一家族に一軒の家を贈ることができました。ブラカン州の丘にある敷地までの旅は距離もあり、その道のりは渋滞していましたので予定より2時間遅れとなり、気分はどうしても重くなりました。しかし何とか辿り着き、敷地内に一歩足を踏み入れるとそこには社会の厳しい現実が目の前にありました。我々ごときが実際何が出来るのだろうか、と気が沈みそうになりましたが、もくもくと井戸を掘ったりホームレスたちのコミュニティーを作ろうと努力しているボランティアたちの姿に、希望の光が見えてきました。敷地内ではあちこちで建設作業が行われていて、居住者たち自身も建設、修理などの作業に参加していました。
Tagaytay彼ら用の学校、教会、店舗や子供たちの遊び場などもありました。ガワッド・カリンガのボランティアたちと住民たちによる心温まる仕事は建物の外壁を飾る鮮やかや色彩に表れていると思いました。私たちは住民の人々とも話をし、中を見学し、今後の建設予定地も見せてもらいました。最近ジャパン・ビレッジというのが出来たと聞いて特別な興味を覚えました。私は小さいながらもこのプロジェクトに貢献できた事が嬉しく、これはまだ今後の足がかりのほんの一歩だと考えています。

自分のミッションを果たし、私は嬉しくもあり、祝福された気分で東京に戻りました。新たな力が湧いたようにさえ感じられて、再び仕事と音楽に向かいました。

2月のライブで忘れられないのはお茶の水NARUでした。大好きなミュージシャンたち、ピアノの大石学、ベースの井上陽介、ドラムスの原大力、ギターの平岡雄一郎との共演でした。それぞれが持つ音楽的ユーモアと技術と情熱が活かされ、全員のコンビネーションは素晴らしいものとなりました。第2セットでは五十嵐一生の飛び入りがあり、演奏はますます白熱しました。演奏者の横で思わず笑ってしまうほど楽しめるライブはまれなことですが、演奏しながら心から楽しんでいる大力さんの様子を見ているのはとてもいいものでした。我々の盛り上がりのお陰でこのセットは実に愉快な雰囲気になりました。各自のソロはあらゆる方向へ創造力を広げ、お互いに共鳴し あいながら高まっていきました。この日のお客様は実に得をした!と思ったはずです。

さて、マルチタレントと呼べるミュージシャンは数えるほどしかいませんが、マーカス・ミラーはその一人と言えるでしょう。「ソウルのスーパーマン」という別名を持つ彼は、90年代ベースプレーヤーマガジン誌が10人の最も影響力のあるベースプレーヤーに選んだほどです。マーカスは3月初旬にBLUE NOTEに出演のため東京に来ていました。私はたまたまBody & Soulの店の出口で彼にばったり会い、もう少しみんなと残って話でもしていかないかという申し出に喜んで応じました。ミュージシャン仲間の逸話やおかしな冗談、羽目を外したジョーク・・・、そういえば昔、六本木にBody & Soul があった頃もこうしておしゃべりをしたっけ、と懐かしがったり・・・。この有名なジャズクラブは数えきれないほど多くのミュージシャンのライブ場であり、たまり場でもありました。例えばスティービー・ワンダー、アート・ブレーキー、マイケル・ブレッカーなど、名を挙げたらきりがありません。夜も更け、話題はその昔私がまだ駆け出しの頃、サラ・ボーンとこの店でデュエットをした曲の録音をみんなで聴いてみようということになりました。マーカスが聴きながら「この時こそ君がシンガーとしての洗礼を受けた日だ。サラが水辺まで君を連れて行ってくれたんだね。サラはただ君と唄っているだけじゃない、唄いながら何と君に多くを与えていることか・・・」。マーカスのこの言葉は私の中に永久に残る事でしょう。

3月のハイライトはIkspiariでのライブでした。東京ディズニーリゾート内に出来たショッピングとエンターテイメント・プラザの中には9つのテーマに分けられたゾーンがあり、120軒の店舗と、レストランやシネマコンプレックス、そして子供用の施設や遊び場などが収められています。そして、今までにない試みとしてここにクラブ・イクスピアリが日本のジャズスポットの仲間入りをしました。洗練された音楽スポットなので一度是非訪れてみるといいでしょう。

Ikspiariでの私の初ライブはパウロ・ゴメスのピアノ、佐藤慎一のベース、平岡雄一郎のギター、フランシス・シルヴァのパーカッションというブラジリアン・ユニットでした。大勢訪れた観客の中には初めて私たちを聴くという人が多く、その場でにわかジャズ・ファンに転向してくれました。機会があったらまた演りたいと思います。

他にも特に印象に残っているのはSometimeで大石学、平岡雄一郎、フランシス・シルヴァというコンビネーションで演ったライブ。大石学が私のブラジリアン・サウンドを扱う様がおもしろく、いつもとは違うひねりが加わって、興味深い展開となりました。ラテンの情熱的なリズム、ギターのアコースティックな色彩、ピアノの強烈な盛り上がり・・・、私たちは音楽に旋風を巻きおこし、音楽的なハイを体験したのでした。

加えて特筆すべきは新宿『J』でのファンキーなライブ。東京のジャズスポットの中でも老舗の『J』は私がジャズ・アーティストとして唄いだし始めの頃、何度か出演したことがあります。音楽を志すミュージシャンやシンガーたちのたまり場のこの場所に再び立つのはとても懐かしい気分でした。ここでのメンバーは大石 学 (p)、グレッグ・リー (b)、セシル・モンロー (d)。このバンドとの共演はなぜか自然とソウルの要素が出てくるので大好きです。これ以上望むことはないと言える気分でした。

この先もまだまだ沢山の楽しいライブが待ち受けています。音楽は果てる事の無い感動を運んできてくれるので、とても幸せだと思います。この場を借りて、いつも応援し、私の音楽を聴いてくださること、そしてこの賞を頂いたことを皆さまに心から感謝します。私のハートが歌を奏でる限り、この私が賜ったギフトを皆様とともに楽しみたいと思っています。

人生は素晴らしい。みんなで思いっきり楽しみましょう。移り行く季節に万歳!私たち自身にも変化は続きます。春を、そしてそれに続く活気ある月々を心から楽しみましょう。
 
チャリート  
 
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