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マイジャーナル / 2005年4月〜6月 長岡チャリティコンサート〜北海道ツアー |
夏の季節がまたやってきました!暑い日夜にどっと吹き出るいい汗、これがまた一層野外ライブを盛り立てていきます。これから様々なミュージックフェスティバルが開催され、この夏も音楽に満ち溢れる季節となるに違いありません。今後の準備が今なお行われていて、私はこれを書きながらまさに「ディジー ウィズ ビジー」、忙しさに目が回る思いですが、大変楽しく待ち遠しいかぎりです。
最近数ヶ月の間、忘れがたい色々なひと時がありました。4月、私は大田区民プラザで下丸子ジャズクラブの招待で歌う事になったのですが、この界隈は私自身が以前に住んでいた場所で、多摩川沿いによく散歩をしたり自転車に乗ったりと、とても懐かしいところです。このことを話したら、会場の皆さんはとてもアットホームな雰囲気になりました。やがて場内は盛り上がり、一緒にいたパウロ・バルガスがラテンのリズムをプレイしだすと、踊りだす人もいました。ここまで盛り上がるのも、しばらくぶりとの事だったそうです。
また5月はじめ、私は光栄にも新潟の長岡で震災被害者のために歌う機会を得ました。長岡に到着したその日の午後わかったことですが、今まで多くのアーティストが全国からやってきては住民を励まし、ショーを披露してきたそうで、そのあまりの数に少し疲れ気味だったということなのです。ところが今回このコンサート企画者の方が開けてびっくり、予想客数の300名は大幅に上回って当日450名に。タイミングがちょうど良かったようで、このサプライズとともにコンサートは大成功となりました。
このときは私のいつものメンバー、ピアノの大石学、ベースの佐藤慎一にドラムの広瀬潤次が参加。私達はベストを尽くし、会場の人々からは大きな拍手と声援をいただき、それに力づけられながらショーを最後まで続けました。あの誠意あふれる歓声には、感動させられ、自分自身気持ちが高ぶるのを感じました。私は気持ちをこめて一生懸命歌い、気を抜いてはいけないという思いでいました。音楽というものは、壁を通り抜け、遠くまで届き、そして人の心に触れることのできる大きな力をもっているのです。
このプログラムでは現地の「ブルーノート」というビッグバンドオーケストラが加わり、私達と共にすばらしいフィナーレを飾りました。このフィナーレはコンサートの中での一体感をもたらしただけでなく、「人生はそれでも続く、だから立ち直ってがんばっていきましょう」というメッセージを伝えるための手助けをしてくれたような気がします。
そして、翌日のクックテールくぼたで同じようなことがありました。前日よりずっと小さなその会場には観客がすし詰め状態で、ショーが始まるやいなや、文字通り電気で充電されてしまった様なパワフルな状態になってしまったのです。人々が音楽に溶け込むときの、始めゆっくりと、そして高く昇りつめたところで、まるで花火のように弾けていく・・・というような変化を見ていると本当に驚かされます。こういった気持ちの高ぶりは演奏者や観客を問わず常に温かさと満足感をもたらしてくれるのです。簡単に言えば、愛というものは音楽、つまり魂の言葉。私達はそれを使って愛や希望といったメッセージをお互いに交換し確認しあっていけるわけです。ショーの終わりには私はいつの間にか大きな声援を送っていました。「ゴー!長岡!ゴー!」
5月といえば、私にとって大きなイベントだったうちの一つがNHK-FM番組「セッション505」。一番最近のアルバム「ノンストップ・トゥ・ブラジル」の初めてのライブがオンエアされるということで、期待をこめてナンバーを披露しました。このためには、「スーパースペシャルバンド」を組まなければと私はお気に入りメンバーを集めました。キーボードの大石学、ピアノにパウロ・ゴメス、ベースは納浩一、ギターは小畑和彦、サックスを藤陵雅裕、パーカッションはフランシス・シルバ、ドラムはパウロ・バルガス。そして、柳川ひろ子が率いる弦楽アンサンブル――バイオリン桐山なぎさ、高橋暁と志賀恵子、ヴィオラ深谷由起子、チェロ前田義彦の皆さん――も加わったのです。伝統的なブラジルらしいサウンドから、弦楽を効かせたクールボサノバ、そしてファンキーなアフリカ系ラテンのリズムまで、私の期待を大幅に超えたすばらしい出来栄えでした。スタジオいっぱいに人が詰めかけ、後ろの方で立って聴いている人もいたほどでした。すてきなひとときでした。
5月半ばにはサンフランシスコに行く機会があり、私の姪が新しくオープンしたスポーツバー「Historic 7 Mile House」に立ち寄りました。この地は100年以上も昔から、大勢の観光客を運んでくるバスの停車場として、また地域の社交場や住民の活動拠点としてその役割を担ってきました。 店の中に入ると、スポーツ史に登場するヒーロー達の写真や様々なアンティークから記念品が飾られ、つい見入ってしまいます。今は現代的なスポーツバーとして、週末の夜には金曜日ジャズ、土曜日カントリーまたはロックといった形でライブを開催しているそうです。この日、私は金曜と土曜の二夜ライブを頼まれました。姪も以前に女の子同士のバンドでドラムをやっていたことから、一緒にパーカッションとして"cajon"という楽器を演奏しました。両日ともいいバンドですばらしい出来でした。バンドの皆はほんの少しの休憩があったきりほとんど朝までプレイしていたのではないでしょうか。タフな仕事ですが彼らは楽しそうでした。
とても楽しみだったギグのうちの一つ、スイングジャーナル誌ジャズディクス大賞ボーカル賞記念ライブが6月終わりに六本木のSTBでありました。幸せなことにNHKのセッションとほぼ同じメンバーでライブができたのです。会場は完璧ながらとてもいい雰囲気を出していて、ショーは特別なものとなりました。ステージには私を含め11名のミュージシャン達が揃いました。色彩豊かな厚みのあるサウンドが贅沢なのはもちろんのこと、すばらしいミュージシャンがところ狭しと席を並べ演奏している姿は何と言っても圧巻です。本当に魅惑的なライブとなりました。
演奏されるナンバー一つ一つが活き活きとして、聴いているみなさんの顔が喜びにパッと明るくなってくるあの瞬間はとてもうれしい気分にさせられます。この相互交流が私にとっての何よりも幸せにしてくれるご褒美です。お祝いに来てくださったみなさん、サポートしてくださった私の全ての友人に心を込めて感謝したいとおもいます。今回の受賞は私のキャリアのなかで重要な意味をもたらしてくれました。一生大事にしていきたいと思います。
それから数日後、私はイヴァン・パドゥア(p), フィリップ・アーツ(b), フランク・アグロン(ds)とセッションを共にする機会がありました。イヴァンはベルギー出身、他二人はフランスの出身で、こうしてヨーロッパのアーティストとの共演できたことは私にとってうれしいものでした。とてもすばらしいバンドで、演奏したナンバーの殆どが彼らのオリジナル曲。とても詩的な雰囲気で深く感動させられました。一緒に歌えてとてもよかったです。
6月半ば、私は一年で一番いい季節の北海道に行きました。食べものがとても美味しく、大変楽しいひとときを過ごしました。このツアーのため、私は大口純一郎 (p), 小畑和彦 (g), パウロ・バルガス (ds)の特別なバンドを組みました。新十津川のゆめりあホールを始めに、札幌の宮越屋珈琲桑園店、旭川のエヴァンスで演奏しました。いずれの場所でも観客の皆さんは明るく、音楽を愛しているようでした。ほかに、北見にあるJazz Foolでもいつものように満員でライブが行なわれましたが、やはりここはお気に入りの場所のひとつです。毎回ふるさとに帰ってきて、観客のみなさんが家族のような気持ちにさせられます。皆、私を応援してくれるだけでなく、音楽を高く評価していただき、拍手喝采、楽しんでくれるのです。本当に素晴らしい観客の皆さんでその夜は終わりがないように思えるほどでした。ツアーの最終点は網走の網走セントラルホテルでした。そこは今回で二回目でしたが、皆さんにとても温かく迎えて下さいました。この地域ではあまりライブを見る機会がなく、ましてジャズを聴く機会はとても少ないのですが、予想を大きく覆すほどのすばらしい結果になりました。ショーの後、贅沢なシーフードをごちそうになり、ツアーの最後にふさわしい夜となりました。遠く離れてはいても、またこの美しい土地で自分の音楽を披露できたらと強く願っています。メンバー全員、十分音楽的にも感情的にも満足して帰ってきました。今回のツアーの成功をもって企画していただいたすべてのスタッフの皆さんに、改めて感謝申し上げたいと思います。
この夏たくさんのビッグイベントが待ち受けていますので、どうぞみなさん私のスケジュールをチェックしてくださいね!「東京ジャズ2005」ももう間近。とてもエキサイティングな気持ちでいます。出演者の一人として、また、私の知る限りただ一人だけの女性ボーカリストとして歌を披露することになります。私のスーパーバンドと共に素晴らしい演奏ができますように。そしてハービー・ハンコックやマーカス・ミラー、そしてもちろんイヴァン・リンスといったビッグアーティストと共にステージに立てることをとても楽しみで仕方ありません。
いい夏をすごしてくださいね。太陽の下で会いましょう!!
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| チャリート |
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